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徳島地方裁判所 昭和32年(わ)59号 判決 1958年5月15日

被告人 福本武雄

主文

被告人を懲役十五年に処する。

未決勾留日数中三百二十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人はかねて長男泰(死亡当時二十五年)が十七才頃より仕事を怠け、素行も良くないのでこれを苦慮していたが、妻帯させればその素行も改まるであろうと考え、泰の二十才当時妻帯させたが泰の行状は妻帯後子供が出来ても依然改まらず、昭和三十年には家の金三万円を無断で持出し費消したこともあつたため、泰の将来に絶望し、このまま放置すれば将来一家は破産し、家族が路頭に迷うことにさえなるのではないかと考えた末一家を救うためには泰を殺害するも止むを得ないと思いつめ、泰が素行の修まらないのは泰の友人徳島県勝浦郡勝浦町大字生名字中道七十二番地早川徹(当時三十二年)が泰をそそのかし、又、同大字屋敷七十番地飲食店小西チエノ(当時四十八年)が泰に酒を飲ませるためであると信じ、同人等をも泰と共に殺害しようと決意するに至つた。そして殺害の方法としては青酸ソーダを混入したウイスキーを右三名に同時に飲用させる方法を執ることとし、昭和三十一年七月頃徳島市内の酒屋でポケット用オーシャンウイスキー三本を、同年八月二十日同市内で青酸ソーダをそれぞれ購入した上、同月下旬頃肩書住居内の写真室で右ウイスキー三本に右青酸ソーダ約〇・五瓦宛を混入して青酸ソーダ入りウイスキー三本(刑第一、二号証)を作り、それを一包にして前記三名に送りつける準備をととのえたのである。

しかし、被告人は何と言つても泰は自分の子供のこと故、何とか泰が立直つてくれればと思い、直ちに殺害の挙に出でずしばらく泰の行動を見守つていたのであるが、泰の態度はやはり従前と変らず昭和三十二年初頃には泰の長男幸一のためにと貯金してあつた約二万円の金を飲み代等に費消したことを知り、終に前記泰等三名殺害の企てを実行に移すこととし同年二月十三日頃徳島市内国鉄徳島駅待合室内の公衆電話を利用して前記小西チエノに対し、電話を掛け、自己が立江の花火屋だと名乗り「あなたや福本泰、早川徹にウイスキー三本を送るから三人が同時に飲み、七秒以内に飲めたら一ヵ月三万円で雇う」旨申入れ、同月十七日前記青酸ソーダ入りウイスキー三本に佐賀助平名義、小西料理店宛の荷札(刑第四号証)をつけ乗合自動車の運転手に託して前記小西チエノ方まで送り届け、よつて右小西チエノより右電話の内容を聞いた前記泰をして同月二十三日午後五時三十分頃右小西チエノ方で右ウイスキー中一本(刑第二号証)を飲用させ、よつて同人をして間もなく同所において、青酸化合物による急性中毒により死に至らせて殺害の目的を遂げ、早川徹及び小西チエノの両名に対しては同人等が右ウイスキーの出所に不審を抱き飲用しなかつたため殺害の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

松山一忠弁護人は、被告人は性格異常者であり、その心神の状況は常時法律上心神耗弱と呼ばれる状態にあるものであるから従つて本件犯行当時も心神耗弱の状態にあつたものであると主張するが、医師金子仁郎作成の鑑定書及び同人の当公廷における供述其の他取調べた証拠を綜合すると成程被告人は犯行当時分裂性、内向性を主とし、それに無力性、抑うつ性、癲癇性が混合した異常性格の状態にあつたことはこれを認めることが出来るけれども是非善悪の弁別能力及びその判断に従つて行為し得る能力は可成り有していたことが認められるので被告人の性格異常は未だ法律上の心神耗弱の程度に達したものと言うことは出来ず、右弁護人の主張は採用出来ない。又各弁護人は福本泰は本件ウイスキーを有毒なものと知りつつ自殺の意志をもつて飲用したもので被告人の犯行は泰の死につき直接の原因となつていないから泰に対する犯行も殺人未遂罪をもつて処断すべきものであると主張するけれども前記各証人の証言を綜合するとウイスキーの出所及びその内容物に沈澱物のあることから福本泰、小西チエノ、早川徹が不審を抱いたことは認められるが、しかしウイスキー中に毒物が混入していると考えた者のあることは全く認められず、又泰に自殺せねばならぬ程の原因があつたことも考えられない。成程泰はウイスキーを飲む直前「わしは死んでもかまわん。人間は一ぺんは死ぬものだ。」と言い、又、その直後に「わしが死んだら何かになるだろう。」と言つてウイスキー瓶をその場にさしおいたことが認められるが、しかし当時泰は酒三合余りを飲み、稍酩酊し上調子な気持になつていたもので、右の言葉はその気持から出た単なる強がりと考えるのが相当であつて真にウイスキー中に毒物があると知つて自殺の意図をもつてこれを飲んだものとは到底認められない。又仮に泰が自殺の意志をもつて右ウイスキーを飲用したとしても被告人の本件行為と泰の死亡との間には法律上因果関係があるものと認むべきである。従つて、泰に対する本件行為は殺人罪をもつて処断するのが相当であるから、各弁護人の右主張も採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中福本泰に対する殺人の点は刑法第百九十九条に、小西チエノ、早川徹に対する殺人未遂の点は各同法第百九十九条、第二百三条に該当するが、以上は一個の行為で数個の罪名に触れるから、同法第五十四条第一項前段第十条により最も重い殺人罪の刑をもつて処断すべきものである。そこで情状について見ると、被告人は泰がどうにもならぬ放蕩者であつたかの如く言うけれども取調べた証拠によれば泰はいわゆる怠け者であり、又素行も善良ではなかつたとは言え、被告人が泰を殺害するという極めて重大な犯罪を犯すにつき一般社会人をして被告人の心情に同情せしめる程度の不良な人間であつたとは到底考えられず、又、早川徹、小西チエノに対する殺人の企ては社会常識上殆んど理由と呼べる程のものがあるとは言えない。しかも被告人はかかる情況下において本件犯行を企てるや約七ヵ月に亘つてその犯意を持続し、可成り複雑な計画の下にこれを実行したことは人命を軽視すること甚だしきものと言うべきで、被告人の責任は真に重大である。ただ泰の素行が芳しくなつたことと被告人がその性格の異常のためもあつて、泰の行動を極めて不良な状態にあるものと考え、深く思い悩んでいた点は同情の余地が全然無いとは言えないので、以上諸般の事情を考慮し、所定刑中有期懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役十五年に処し、同法第二十一条により未決勾留日数中三百二十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部被告人の負担とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 津田真 中島卓児 三好吉忠)

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